日本の海水浴(場)に関する知見⑦実朝の怪水浴

 東西、東西。お目にかけますは、「実朝の怪水浴」の出所、風俗画報 明治22年8月10日 第97号でゴザーイ。この雑誌(絵入り雑誌でありまして、○×グラフなんどの写真入り雑誌が出るまでけっこう人気だったようです)の18頁に丹霞楼主人が『又、源実朝病ありて鎌倉の海に浴せしこと東鑑に見ゆ』と書いております。こうまで書かれては東鑑(吾妻鏡)を読んで確かめてみようという気にならなかったのか、明治のヒトは信じ込んじゃったものと見えます。かくて、実朝は海水浴の元祖となりました。

平凡社の世界大百科事典にも小学館のニッポニカにも書いてあります。(バッカジャナカロカ )どうも吾妻鏡の建永二年の項に承元元年正月十八日甲午、将軍家○源実朝二所御精進始。為浴潮給御濱出也」とあるのを読み間違えたらしい。(いくら旧暦でも、正月の十八日つったら真冬ですがな。あの虚弱で鳴らした!実朝が、あなた、海水浴をするもんですか。)(続く)